子供の教育に関心を持つ人なら、一度は「モンテッソーリ教育」という教育法を目にしたことがあるのではないでしょうか。米アマゾンのCEOジェフ・ベゾスやGoogleの共同創立者サーゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、日本では将棋棋士の藤井聡太さんなど、名だたる有名人がモンテッソーリ教育を経験していることでも知られています。
モンテッソーリ教育を家庭に取り入れたいのであれば、教育理念を知るだけでなくその理念をどう家庭で実践するのかが重要です。今回は、モンテッソーリ教育の考え方や教育内容、家庭で実践する方法をご紹介します。
モンテッソーリ教育とは?
まずはモンテッソーリ教育の理念や方針についてご説明します。モンテッソーリ教育の子供観や教育観を理解しましょう。
モンテッソーリ教育の起源
モンテッソーリ教育は、19世紀末から20世紀にかけて活躍した医学博士マリア・モンテッソーリによって考案された教育法です。マリア・モンテッソーリはローマ大学で初めての女性医学博士で、もともとは障がい児教育に携わっていました。その後、障がい児向けの教育法を健常児にも適応することを考えるようになり、1907年に設けられた貧困層の子供のための保育施設「子どもの家」でその教育法を実践するようになりました。これが、モンテッソーリ教育のベースとされています。
モンテッソーリ教育は、子供の自主性を前提とした教育法です。もともと子供には自立心や責任感が備わっているという子供観に基づき、生涯学び続ける姿勢を持った人間を育てることを目的としています。幼児だけを対象とした幼児教育や早期教育、英才教育ではなく、24歳まで続く教育体系を持っていることが特徴です。
その教育観は世界中で支持されるようになり、今では140以上の国でモンテッソーリ教育を実践する子供向けの施設があります。日本でもモンテッソーリ教育を導入している幼稚園や保育園が数多く存在しています。
モンテッソーリ教育の考え方
モンテッソーリ教育では、「子供には自分を育てる力が備わっている」という「自己教育力」を大前提としています。大人の価値観から一方的に教え込むのではなく、子供の興味や発達に合わせることが大事だと考えられています。子供の内在的な自己教育力を発揮できる環境と自由を保障することが大人の役目です。
モンテッソーリ教育では人間として完成する時期を24歳頃と考えており、それまでの発達段階を4つに区切ってそれぞれの時期の子供をサポートします。モンテッソーリは、子供の能力の獲得に最適な時期があると考え、これを「敏感期」と呼びました。敏感期とは、自分が成長するために必要な条件に対して敏感になり、自分を取り巻く環境の中からその条件を獲得する時期を指します。敏感期に外界から多くの刺激を受けることにより、知性や情緒が発達するメリットがあるとされています。
モンテッソーリ教育を行う環境の条件
子供が自発的な活動に好きなだけ取り組むことを尊重するモンテッソーリ教育では、発達段階に適した環境の整備が大切です。先生は子供の自主活動を援助する援助者として位置づけられています。
大人は、子供が興味を持てる教具を用意するとともに、教具を自由に選べる環境を与えます。社会性や協調性を育むために、年齢で子供を分断せず年齢縦断型のクラス編成とするのが特徴です。
モンテッソーリ教育で教える主な内容
モンテッソーリの考案した教具は、子供たちの発達段階や個々の敏感期に応じて5つの分野に体系化されています。
日常生活の練習
大人の真似をしたがる「模倣期」と運動の敏感期を利用して、自分の意思に基づき身体をコントロールする能力を育てる練習が「日常生活の練習」です。歩く、はさみで紙を切る、洗濯をする、飲み物をコップに注ぐなどのやり方を正確に伝え、自分でできるようになることを目指します。
この日常生活の練習を通じて、精神的にも自立する心を育てます。教具は子供が扱える小さなものですが、おままごと道具のようにプラスチックでできた「偽物」を渡すのはなく、陶器やガラス、金属などでできた本物の道具とします。色彩や形が魅力的で、簡単に洗えて、清潔に保ちやすいものであることも条件です。これにより、洗うことや壊さないこと、そして本物の美しさを感じる練習にもなります。
感覚教育
「感覚教育」は、視覚・聴覚・触覚・臭覚・味覚の五感を育てる教育法です。モンテッソーリ教育では3~6歳の間に五感が急成長する時期があると考えられており、この間にある「感覚の敏感期」を利用して五感を使った練習を行います。感覚教育は、五感の発達が知的活動の基盤であるとの考えから、特に重視されています。
感覚教育で用いる教具には、ピンク色の立方体を大きい順に積み上げていく「ピンクタワー」、聴覚で音の高低を聞き分ける「音感ベル」などがあります。教具は「対にする」「段階づける」「分類する」という3種類の操作のいずれかを意識的に行わせるよう位置づけられており、これによって子供は知性や情緒を発達させるとされています。
教具はあえて1セットしか用意しないなど、制限が設けられています。使いたい教具を他人が使っているときに、待つ・譲るなどの社会性やマナーを身に付けることが意識されています。
言語教育
子供は「言語の敏感期」に自分の周囲で話されている言葉を母語として習得するとの考えから、子供の言葉の発達に合わせて語彙や文法を学ばせるのが「言語教育」です。砂で文字の書かれた板を指でなぞる「砂文字板」、単語並べなどの教具を使用します。ペンを持って文字を書くことも、日常生活の練習の延長として行われます。
算数教育
数への興味を示す「数の敏感期」があるとの考えから、数える、測る、計算するなどを教具によって学ばせます。算数棒やビーズなど、数量を具体的に扱えるような教具を使って数字や量の概念を身に付けることができます。
文化教育
歴史や地理、地学、動植物、体育、美術、音楽など、言葉や数以外の幅広い分野を「文化教育」として学びます。子供の知りたい欲求に応えて世界地図や惑星の模型などの教具を用意し、お絵かきや楽器の演奏などを含めて自由に表現する楽しさを経験させます。
モンテッソーリ教育を家庭で実践する方法
モンテッソーリ教育に興味を持っても、近所にそれを実践している園が存在しないという人もいるかもしれません。自分の家庭でモンテッソーリ教育を実践する方法はないのでしょうか。
子供をよく観察する
モンテッソーリ教育の具体的な方法に囚われる前に、大前提として子供の動きをよく観察することが重要です。モンテッソーリ教育は子供の自立的な興味・関心を大切にする教育哲学を持っています。「子供の興味は何か」「子供が気に入っているものは何か」など、子供を観察することで成長につながるヒントが得られるのではないでしょうか。
そこから教具の選択へ移ります。自分でよかれと思うものを押しつけるのではなく、子供の興味を引く対象に合わせた教具を揃えるようにします。
自由に選択させる
教具(おもちゃ)選びだけでなく、子供の自立心を大切にして選択肢を与えることです。親が子供の決定権を奪ってしまうと、子供の依存心を自立へつなげることが難しくなります。
逆に、自分で選択することを習慣づけて普段から試行錯誤させるようにすれば、未知の状況に置かれたときでも対応できるような判断力が身に付くと考えます。最初は「なぜそんな選択をするのか」と大人からすればやきもきさせられるケースも多いかと思いますが、広い心で見守ってあげたいものです。
すぐに正解を教えない
間違える権利を奪わないことです。たとえば、子供が教具の使い方を間違っていたとしても、正解を最初から教えることはしません。自ら試行錯誤することも素晴らしい成長の機会であり、すぐに正解を教えるとその機会を損なう恐れがあります。
一方で、子供が大人に正解を求めても構いません。自分で正解を見つけるための方法を探させるのが重要なのです。
子供のやりたいことを止めない
子供の興味を大切にすることと関連して、子供自らやりたいと思っていることを制限しないのもモンテッソーリ教育的といえるでしょう。集中している作業を大人が妨げないよう気を配るとともに、子供が興味を持てる環境を整えます。
たとえばお絵かきに興味を示した子供には画材を用意する、音楽が好きな子供には簡単に扱える楽器を用意するなど、好奇心を伸ばすように心がけましょう。
モンテッソーリ教育は「子供の主体性重視」の実践を大切にする教育法
モンテッソーリ教育の特徴は、子供中心主義的な理念です。ただし、こうした理念はモンテッソーリ教育だけの専売特許ではありません。いわゆる普通の幼稚園や保育園で実践される幼児教育でも、理念だけを見れば同じような考え方をしています。「子供の主体性を重視する」というのは、今ではあまり特殊なものではないのです。
しかし、モンテッソーリ教育が一般的な家庭教育や幼児教育とやや異なるのは、大人の「我慢」を要求する点です。どうしても子供の主体性にゆだねるといっても、時間や大人の都合などの事情によって「○○しなさい」「遊びは後でね」など、子供の活動を遮らざるを得ないことはあるでしょう。
モンテッソーリ教育の理念がそれほど変わって見えなくても、実践が大変な理由は我慢にあるのかもしれません。本当にモンテッソーリ教育に共感するのであれば、自分がどれくらい子供に我慢できるのか、その範囲を少しずつ広げるところから試してみてはいかがでしょうか。